モノを錯覚させる技術
なんとなく、視覚の錯覚を思わせるタイトルといえるのかしら?
視覚だと一瞬は驚くけど、フツーの人はそれほどの感動は残らないのですよね。
私が気になったのは、スポーツニュースで最近よく見る言い回し。
「セ界」
「せかい」となると、広いイメージだが、この「セかい」が指すのは
野球の”セ”ントラルリーグ界ということ。
閉鎖的な区分の中のことを、響きだけで広くみせてるということ。
社会の時間に「信用創造」なる言葉を習ったことがあると思いますが、
コレも、実際は小さいものを大きく見せているわけだが、
なんかしっくりこないし、錯覚に見えるけど、これは現実。
良いものに錯覚させることができる面もあるけども、
なんか、現在の経済危機も錯覚に起因して、気づかないところで深刻にしてしまったのかという気がしてならない。
メリットは、大きく見たがり、リスクは、小さく見たがる。
といっても、リスクを厳密にみちゃったらば、投資を受けられない市場だらけになるし、
現実を見続けても、夢がなくてつまらないのは分かるんですが……
「セ界」はあまりにも分かりやすい例だけど、
つまりは感覚で見ず頭を使って見ないと、錯覚してることにすら気づかないということか
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